予定している訪問先の1つが「石の反り橋」です。

人の居住地から離れていること、短時間だけれど森を歩かないといけないこと、バス停がないこと等から訪れる人も少なく、少し秘境ムードの漂う場所です。
看板のすぐ脇から、こんな山道が延びています。

おや?
おもしろいもの発見!

火山灰の上に落ちたドングリが傘みたいになった状態で、下の層が削られたのでしょう。
ドングリは火山灰が削られる前に、アカネズミにでも食べられたのでしょうか?
いやいや、噛み痕が新しいから、食べられたのは削りだされた後かも…?
もしそうだとしたら、すごく器用な食べ方ですよね。
5分ほど歩くと、すぐに“石の反り橋”に到着します。

森の中に突然現れる、溶岩の橋。
ここが火山の島だ言うことを、思い出させてくれる風景です。
うわ~、もうすぐ崩れそうですね!

よく保ちこたえているなぁ~。
ところでこのアーチ上の溶岩、どうやってできたのでしょうか?

下は、ツルツルの岩盤です。
う~ん…水が削ったのか?それとも溶岩トンネルだったとか??
この「どうやってできた?」を、今度の校外学習で皆で考えてみようと思います。
(中学生たちの答えが楽しみです!)
ところで、約460年前に火口から流れ下って来た溶岩は“桜株”を取り囲み、やや下流で“石の反り橋”を作り、海まで注ぎました。
樹齢800年と言われる桜株が、溶岩流に飲み込まれなかったのは、山頂の神社と同じように少しその部分が高かったからだろうと考えられていますが、今の地形はその逆で、桜株が一番低く、周囲を壁のような高まりに囲まれています。

これまた「なぜ?」
桜株、石の反り橋。海岸…それぞれの場所では「?」がいっぱい見つかります。
子ども達と一緒に、謎解きを楽しみたいと思います。
さて、同じ年代の溶岩流を観察した後は、岡田港へ立ち寄る予定です。
Y校長先生から「子ども達に大昔の火山を見せたいし、津波の時どこまで逃げれば良いのか見せておきたい。」という意見をいただいて、「なるほど。」と思いました。
で、岡田港の海抜表示等を確認して来ました。
岡田港の乗船待合所には、このような看板が立てられました。

岡田港には、元禄(1703年)の地震による津波で、28件の家屋がなくなり、26人が亡くなったという記録が残っています。南海トラフの地震の巨大地震の最大予測高は16m。
看板だけでは16mがイメージできないので、歩いてみました。
乗船待合所前の道を、集落の中に向けて歩いてみたら…

突き当たりに、看板がありました。

え?
まだ7m?
津波が予想されたら、必ずこの階段を駆け上らなければいけませんね。

でも、途中には標高を示す看板はありませんでした。
階段を登りきった所の信号には看板があって、「災害時集合場所」となっていました。

標高30Mから見た、港の景色。

校外授業では「どこのあたりが16Mか。」の確認とともに、「どこまで逃げれば良いか」も皆で考えてみたいと思います。
あとは時間との勝負です!
2時間の間にあれもこれも詰め込みすぎて散漫にならないように、的を絞らなくては。
イメージトレーニングしておこう~。(笑)
(カナ)