今日は15時から日本ジオパークの運営会議。
会議開始前に1時間半ほど時間が空いたので、途中下車して「日本最大の干拓地」を見てきました。

降り立ったのは、会議のある男鹿に行く途中の船越駅。
海と通じる水路に作られた長い水門を目指しましたが、行き方がよくわからず・・・
「地元の人に聞いてみよう!」と思い、道を歩いている女性に訊ねたところ・・・
ずっと一緒に歩いて案内してくれました☺️

女性は秋田の病院に行って自宅に帰る途中だったのですが、私のために自宅前を通り過ぎて遠回りをしながら…
「若者が都会に出て行き、放置された田んぼがある」など…

色々な話を聞かせてくれました。
(畑はクズに覆われていました)
赤とんぼが飛び交う用水路沿いの道を、のんびり歩いていたら、なんだかとても贅沢な気分になりました☺️

(トンボは止まっている時の写真ですが^^;)
しばらく歩いて遠くに水門が見える道に出ました。

ここでお礼を言って女性と別れ…
立派な水門に一番近い位置まで歩きました。

美しい〜☺️
干拓前と後の写真が、水門のところにありました。

八郎潟の干拓堤防の外周は、52キロだそうです。
52キロって・・・伊豆大島の外周と全く同じです!
…ってことは、大島と同じサイズの田んぼがあるということ?

どこまでも広がる田んぼを見ながら「どれだけ大きいの?」と、しばし呆然となりました。
かつて日本第2位の湖面積を誇っていた八郎潟を干拓し、その湖底に1964年に誕生した広大な田んぼが大潟村なのだそうです。
堤防の近くに「八龍神社」があると地図で分かったので、行ってみました。

そこには、ジオパークの看板が立っていました。

ここにあるとは思っていなかったので、嬉しい発見でした☺️
干拓される前の八郎潟は、漁業が盛んな場所だったそうです。
看板には「漁業者が八龍神に豊漁を感謝し、魚の霊を鎮めるために石碑を立てました」と書かれていました。
干拓前の昭和9年4月に建立した「小魚供養塔」という石碑があり、他にも同じような碑がありました。

自分たちの命を支えてくれる生き物たちに、感謝しながら生きていた昔の人々の存在が身近に感じられました。
わずか1時間半の、久々のひとり旅。

道案内をしてくれた女性をはじめ、バスの運転手さんや工事関係者の方など、何人かの地元の人との出会いもあり、初めて見る景色とともに、ほのぼの幸せな時間を過ごせました☺️
大地と人の関わりに触れる旅。
楽しかったです!☺️
(かな)