価値観の共有はむずかしい

大雨のあとにいつも「再生の一本道」に現れるので、楽しみにしていた場所がありました。

見た目は汚いのですが、水面を見ると、そこに森のトンネルが映り込み、不思議な景色を作っていました。

伊豆大島は水はけの良いはずの若い火山島ですが、江戸時代に溶岩で焼かれて約250年の時間が経ち、土の粒子が細かくなっていたのかもしれません。

たぶん島の中で、この景色が見える場所は、他にはないのではないかと思います(私が知らないだけかもしれませんが…)
雨のあと、ほんの短い期間だけ現れる“水鏡”で、お客様にも喜ばれていました。

 

この水鏡を“最後に”見たのは、今年の4月2日でした。

 

ところが3日後の4月6日に再び訪れてみると、その場所は、伊豆大島産ではないと思われる、白っぽい細かい石で埋められていました。

ぬかるんで歩きにくかったため、補修が入ったのでしょう。

確かに、歩く人にとっては安全で快適なほうが良いというのはわかります。

それでも、約250年間かけて作られた、あの景色がもう見られないのかと思うと残念でなりませんでした。

 

もし事前に情報が共有されていたら、脇に水たまりを避けられる小道を人が踏んでつくるなど、別の方法も提案できたのではないか…そんな思いも浮かびました。

 

ちなみに場所は国立公園の特別保護地区でもあり、私たちは普段、お客様に石ひとつ持ち帰ることも控えるようお話ししています。

 

だからこそここに、外から持ち込まれたように見える砂利が敷かれている光景には、さらに残念な気持ちになりました。

せめて、地元の石で埋めて欲しかった…

価値観の共有って難しいなぁと、実感した出来事でした。

 

(かな)